2026年3月14日
鎌倉 由比ヶ浜 making process
海に行くまでは、確信がなかった。
朝の海が好きだと思っていたけど、その理由を書いても気持ちはまとまらなかった。貝殻のことを考えたり、形にしようとしたけど、それもどこか違った。ずっとモヤモヤしていた。
ただ、風で変わり続ける瞬間を撮りたかった。
手を加えず、崩れるままの形をたくさん撮ることで、何か新しい発見があるかもしれないと思っていた。
今しかない、その状態をそのまま撮り続けるのもいいかもしれないと思っていた。
でも前日は、ずっと迷っていた。
自分が何を撮ろうとしているのか、それが自分にとって何なのかがはっきりしなかった。
デニムのまま海に入ろうとして、
「濡れるけど大丈夫?」と聞いたら、
「だって楽しいじゃん」と返ってきた。
その姿が、モヤモヤしている気持ちの答えになったのかもしれない。
濡れることも、崩れることも、そのままを受け入れること。
帰りの電車での会話や、かなとの時間を思い返すと、ひとつ共通していることがあった。
何かに対して、怖がらないことだと思った。
海に行って、少し分かった気がした。
怖さについて考えた。
それはまだ起きていないことのために、自分で作っているものかもしれない。
そこにとどまらない。
とどまれない。
とどまっていない。
その姿を見て、なぜ海が好きなのか、少し分かった気がした。
海は終わりが見えず、形を持たず、変わり続けている。
濡れることも崩れることも、その中ではただの状態になる。
それがよかった。